最高裁判所第一小法廷 昭和48年(オ)1214号 判決 1974年9月26日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人松本健男、同西川雅偉の上告理由について。
不法行為の被害者につきその不法行為によつて受傷した時から相当の期間経過後に右受傷に基因する後遺症が現われた場合には、右後遺症が顕在化した時が民法七二四条にいう損害を知つた時にあたり、後遺症に基づく損害であつて、その当時において発生を予見することが社会通念上可能であつたものについては、すべて被害者においてその認識があつたものとして、当該損害の賠償請求権の消滅時効はその時から進行を始めると解するのが相当である(最高裁昭和四〇年(オ)第一二三二号同四二年七月一八日第三小法廷判決・民集二一巻六号一五五九頁参照)。このような見地に立つて本件を見るに、原審の確定するところによれば、本件交通事故により上告人が受傷したのちにおける治療の経過は原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の説示するとおりであつて、上告人の右受傷による所論の後遺症は遅くとも昭和四一年二月一二日より以前に顕在化し、その後において症状は徐々に軽快こそすれ、悪化したとは認められないというのであるから、上告人としては右の時点で所論の後遺症に基づく本件逸失利益及び精神的苦痛の損害の発生を予見し、その賠償を請求することが社会通念上可能であつたものというべく、したがつて、原審が右認定にかかる事実関係に基づき、本件損害賠償請求権の消滅時効は遅くとも前記昭和四一年二月一二日にはその進行を始め、本訴が提起された昭和四四年二月一二日までに右消滅時効が完成していると判断したのは正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一 裁判官 岸上康夫)